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プロフィール
HN:
sug-u(村田藤吉)
性別:
男性
職業:
医療関係でほぼ雑用
趣味:
無い
自己紹介:
ハワイ生まれ。関東と大阪で育ち、87年〜10年ほど東京で過ごし、現在関西僻地在住。
過去の経歴は謎に包まれた怪人吸血忌男爵。
アシ歴、持ち込み歴、読み切り短編、商業誌に掲載された歴多数。
まぁ誰にも相手にされない、異端なカウンターカルチャー、前衛&アングラ・エログロナンセンス暗黒耽美部門。
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いざ進めよ、いばらの道を。 漫画家「復帰」?「脂肪」?オッサンのボンクラシャンソン日記。 自分ではオルタナないし、アングラ系部門だと言ってますが、あまりこだわらないで行こうかと… 年取ってもまるくなりまへ〜ん!
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専門学校に通った1年目だけは、学生寮に入ってた。
上京していきなり独り暮らしするのは大変だろうからと母が提案し、特にそれに対して異論はなかった。

間取りや寮の規則くらいしか目を通してなかったような気がする。
築年数が古く、建物と部屋の写真すら無いというのはちょっと不安だった。
洋間を借りることにしたのだが、ホントに洋間なんだろうか?

私は母に上京したいと言い出したら、
「お前は変な女に絶対引っかかる」と100回くらいは言った。言い続けた。
そんな母だったからか、カッチョ悪いゆーてるやん!と言っても一緒に新幹線に乗って寮まで付いてきてしまった。

かなーりオンボロの寮だった。自分の使う部屋に通され、そこで見たものは、
ボロい… 備え付けの机にベッド。そして、センスのかけらもない緑の絨毯で確かに洋間といえばそうなんだが、
今まで自分の部屋はフローリングだったので、なんか泣きそうになった。
しかも、もしやと思い恐る恐る絨毯をめくってみると、その下は畳だったのだ。
詐欺である。
そんな程度で、泣きそうになってたらこの先どないすんねん!という感じなのだが。
なんせ18歳のどうしょうもないアンポンタンなガキなんでしかたなかった。

実家の壁は何度もローリングソバットをかましても壊れることはなかったのだが、
寮の壁はドロップキック一発で隣の部屋まで貫通してしまい、えらくカルチャーショックを受けた。いや、カルチャーショックを受けるとかそういう問題じゃないだろ。
寮長はあまりのバカ行為に呆れて無言だった。
今なお、私はラブホへ行くとまず最初にすることは、
ベッドの上でフライングニールキックの空撃ちだったりする。
技の難易度は成長しているが、私の精神は成長しとらんな。

幸いにも、寮に入った当日に早くも左隣の部屋(ドロップキックした方の部屋)のY君と直ぐ打ち解けた。ちょっとオタクっぽい人だったが、ハヤカワSF文庫を集めてるという共通点があった。

日に日に寮内の学生たちと打ち解けていった。
何故か2年生は一人もおらず、みんな1年生だった。その理由は寮生活というものを経験してゆくことで次第に明らかになった。
規則がうるさいし、なんつってもプライベートがないのである。
一人になれるのは深夜だけだった。
部屋にいる間は絶えず誰かしら遊びに来ている状態。
テレビ持ってないヤツやビデオデッキ持ってないヤツがいたのでしかたないというのもある。
だいたいは、初代ファミコン&ディスクシステムやPCエンジンなどといったゲーム機を持ってる者の部屋にワラワラと集まる傾向があった。
私はテレビとビデオデッキは持っていたが、ゲーム機までは持っていなかったので問題ないかと思われたが、
私の部屋は漫画だらけだったので、ほとんど漫画喫茶状態と化してしまうことがたびたびあった。あと勝手にビデオ上映会とか。誰かがビデオデッキ持ち込んでダビングということも。
で、泯比沙子とか人生(現・電気グルーヴ)なんか聴き出すと、ゲラゲラ笑われてしまうのである。「変な音楽だ」とかつって。
そりゃサザンとかTUBEとかBOφWYとか聴いてりゃ、耳に合わんでしょ。

で、ウザイと思うわけじゃん。鍵なんか閉めてしまうと、オナニーしてると思われちゃうのね。
開き直って、今からオナニーするで!と言うと、ドアをドンドン叩かれたりしてからかわれるんだよな。
オナニーは深夜まで我慢せねばならなかったのだ。
エッチ本を買って深夜まで待つのが本気で辛かったなぁ。

門限22時。煙草は不思議にも許されていたが、酒は厳禁。
朝夕のみ食事付き。
食堂と共同浴場、水飲み場があった。
水飲み場に共同で使う冷蔵庫と、有料の洗濯機と乾燥機があった。
あ、トイレも共同だったな。アイロンと掃除機は無料で貸し出していた。
チャリンコレンタルもあり。

寮に入って暫くして、ほとんどのヤツとは打ち解けたけど、そういえば右隣の部屋のヤツがまだで気にはなっていた。テラヤマケンジという名前で、クラスも同じで顔を合わせても会話を交わすことがなかった。
テラヤマはよく寮長ともめていた。
ある日、いいかげん何だろうと思って寮長に聞いてみたら、テラヤマはなんと、
極度の対人キョーフ症で、共同浴場に入る度胸がなくていつも泣いているという。
なんかアブなそうなヤツだと思った。

更にアブなそうヤツがもう一人いた。ヤツと初めて顔を合わせた時は、坊主頭だったので一瞬中学生かと思ったが、よくみるとフケ顔だったので、ああ同じ学生かと納得したが、なんか不気味ではあった。服装もなんかだらしない。のちにわりと明るい性格と分り「未知との遭遇」の宇宙人を思わせる顔付きから、スポックというあだなが付き皆に親しまれるようになった。寮長までが「スポックス君」と呼んでいた。
スポックスってなんじゃい?
スタートレックのファンの私はなんだか納得いかなかった。ぜんぜんレナード・ニモイに似てないじゃん。世間におけるスタートレックの認識なんてそんなものなのだろう。

スポックの趣味は鉄道模型とおニャン子クラブと日曜19時半から放映していた日本アニメーションの世界名作劇場シリーズだった。当時「愛少女ポリアンナ物語」が終わって、「愛の若草物語」が放映中で、テレビもビデオデッキも持ってないスポックは、毎週欠かさず私の部屋にフラリと亡霊のように現れては「若草物語」を録画していたという。
学校でも、彼は最初の自己紹介のおり、自分の趣味をすなおに述べたとたんクラス中で大爆笑の渦が巻き起こった。

私のクラスはこれまた最悪で、一緒なのはよりによって、テラヤマとスポックというアブないコンビだけなのであった。このコンビと毎朝登校せなあかんワケ?トホホとホントに泣きそうになった。
アブないコンビは、アブないコンビ同士直ぐ打ち解け、何かとホモのように一緒にいた。どっちが受けかというとまぁスポック受けだな。
テラヤマは対人キョーフ症でも、スポックのような手合いには特に緊張しないようだった。
こんなエピソードがある。
ある日、スポックの部屋へ行くと、彼の部屋の芳香剤を見て私は爆笑してしまった。
「ペット用」と落書きされてたのである。犯人はテラヤマだった。意外に鬼畜なんだなと思った。


スポックス君と寮の私の部屋の前の様子。
私のその頃の普段着と、私の楽器を持ってもらった。
丸いグラサンがホント80年代って感じ。帽子はふたつ重ねて被っている。
Gジャンは自分でブリーチしてみた。よく見るとリストバンドまでしている(笑
レスポールはまだ現役です。YAMAHAショルキーは壊れましたが。
なお、日付はわざとデタラメにしてます。92年なワケないよ(笑

学校さぼってはよく映画を観てたように思う。
その年、どんな映画が公開されていたのだろうか。記憶にあるものでは学校の授業を抜け出し一人でコッソリ観に行った「エンジェルハート」。バンドやろうよと計画してた連中と観に行った「ラストエンペラー」。一人で観に行こうとしたら寮の連中がくっついてきた、リドリー・スコットの「レジェンド」。「ロボッコップ」は一人で行ったような気がする。
「レジェンド」の後、口直しに名画座で「ブレードランナー」を観に行った記憶もあるな。
名画座で観て記憶にあるものは、「未来世紀ブラジル」、「ザ・フライ」と「エイリアン2」の同時上映。「ロッキーホラーショー」は「ファントムオブパラダイス」と同時上映だったのかちょっと記憶にないなぁ。

学校の帰りはよく新宿を徘徊していた。まんがの森、新宿紀伊国屋。まだヴァージンメガストアは無かったな。
でもその年に初めてCDというものを買った。4-Dの成田忍率いるアーバンダンス「TWO HALF」、映画「グミチョコレートパイン」の音楽プロデューサー山口優と元きどりっこの松前公高のユニットEXPO「万国大戦略」。
坂本龍一「NEO GEO」は友だちにダビングしてもらい、ZELDAの4thアルバムはレンタル屋で借りた。
新宿紀伊国屋内には洋書のフロアやインディーズのレコードが置いてるフロアまであったんでまめに通っていた。
筋少の上条淳士ジャケの「高木ブー伝説」買うか散々迷って買わなかった記憶もあったり。
新宿でインディーズのレコードならUKエジソンという店もあった。
画材は新宿紀伊国屋の裏手にある別館だったかな。もしくは世界堂?

寮は京王線沿線にあって、京王線新宿のホームにはちょっとしたファーストフードを売っているところがあって、そこの京王線バーガーはしみじみ美味かったなぁ。

テラヤマは電車に乗る時、必ず席に座ろうとはしなかった。向かい合った前の席の人と目と目が合うのが恐いからである。
そんな話をスポックから聞いていた。なんかますます近寄りたくないなと思った。

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元祖ビジュアル系バンドは筋肉少女帯じゃないと思う。
というか私は筋少がビジュアル系バンドという認識が全く無かった(笑
私は筋少ってプログレ色のあるnew waveだと思ってた。エディが抜けてから全く聴かなくなってしまったのねん。
オーケン本人が「オカマかよ」と突っ込みを入れてるのって「シスターストロベリー」リリース後に髪を降ろすようになってからのオーケンで、つまりその時代が筋少ビジュアル系時代だと思うんだが、違うの?
それより前に既にBUCK-TICKっていたと記憶する。確か80年代末だな。

私はビュアル系が正直キライだった。
ゴスロリとビジュアル系を結びつけられるのも不愉快で…
ゴシックなんて、80年代にポジティブパンクという名でアンダーグラウンドに存在していたし、ロリィタのルーツも80年代にVivienne Westwoodがロマンティックしちゃおーぜみたいな動きがあって、そこからだと思う。
オーケンはVivienneのロッキンホースバレリーナがいつからあったのかよく分らないって書いてたけど、私の記憶ではロッキンホース自体は80年代からあった。今みたいに10万もしなかった。はっきり覚えてないけど最初は4万くらいで買えたような気がする。私が10年ほど前に買ったロッキンホースは6万程度だった。その頃既に高くなったなという印象があったんで、漫画「NANA」の影響で高くなった都市伝説があるが間違いだと思う。
つまりゴスロリ自体80年代のリバイバルだと私は断言しておく。

でも今の若い子にそういうこと説明するだけ無駄だと思った。
つか何でもそうだ。若い漫画家志望にしろ伝統をすっぱり切り捨ててるみたいで、おそるべきボキャ貧で時々驚かされる。
例えば極端な例だけど、少女マンガ家志望の子に大島弓子好き?と聞くと「ダレ?」である。お前は綾波レイかよ!
じゃ、山岸涼子好き?と聞くとまたしても「ダレ?」である。碇君が呼んでるぞぉぉぉ!
あたかも進化論てデタラメだったのかよ!みたいな、なんか私の中のジョーシキが砕け散るような思いだった(ちなみに私、ちゃんと洗礼受けたクリスチャンですがね)。萩尾望都も聞くだけ無駄か…
って、少女マンガに別に詳しいわけでもない私に言われてどうすんねん!
あとアンチクライマックスストーリーって何?と聞かれて石化したこともあるなぁ。
説教たれるオヤジみたいだから、もう独り言のようにブログに書いておくだけにしてるさ。普段は言わない。

でも、ビジュアル系好きな若い子の中には、筋少や戸川純、”たま”なども好きな子がいたりするんで、そういう子は結局仲間なんだなと思うよう悔い改めた。
アリプロジェクトだって80年代から活動してたじゃん。
アンダーグラウンドなシーンが好きな同士ってことでいいじゃんよ。
そう思うことで、ビジュアル系という言葉に拒絶反応することもなくなった。
あからさま商業主義なのはやっぱしイヤだけど。もうフールズメイトも読まないけど(笑

バンギャもバンギャ同士派閥つくってんじゃねーよ。同じ少数派の仲間だろと言いたい。
バンギャは一生あがらんでよい。その経験がかけがえのない想い出になると思う。しょーもないライブもしょーもないなりに。
それは一般人には絶対分らない楽しみだと思う。
オレだって女に生まれてたら絶対バンギャになってたと思うよ。
そんで、美人だったとしたら好きなバンドの打ち上げにくっ付いて行って、食われたいよ。
(しかし、なんでその逆ってないのかね?笑)
あんまり裏側まで見ちゃうとイヤになるのかもだけど。
変態同士の連帯は重要だと言ったのはムーンライダーズの鈴木慶一だ。
ライブに行ったら、MCで「こんなところに来てる暇があったら仲間をつくれ」と言ったのはじゃがたらの今は亡き江戸アケミだ。

最近知ったけど、筋少の「日本印度化計画」でシタール弾いてるのは白井良明でびびった。ムーンライダーズのギタリスト。筋少の他の曲の編曲もやってるね。
ZELDAの「カルナバル」と「空色帽子の日」は白井良明プロデュースなので買いなさい。Q盤で出てるから。ムーンライダーズ聴けとまでは言わん。
ほんで、「釈迦」はハードロック風だけど、オーケンはじゃがたらのようなファンク風にしたかったとオーケンエッセイに書いてあってびっくりした。

池田貴族は知ってるよね? リモートというバンドをやってた。リモートもビジュアル系だと思う。
昔、イカ天だったと思うけどテレビでライブの模様がやってて、曲が始まると池田貴族は高らかに颯爽と曲のタイトルを叫んだ。
「サロメ!」
もう、ホントそれ聴いた瞬間は笑い転げた。池田貴族は3枚目キャラのビジュアル系って感じでキャラが立ってて、「サロメ」はホント笑えて良かった。いたって本人大真面目で笑いを取るようなつもりはなかったと思うけど(笑
でも。BUCK-TICK「悪の華」って、
あまりにもそのまんまやないけー! もーちっとひねられなかったのか? 露骨で恥ずかしくて爆笑タイトルなんだと思うんだけどなぁ。
あんまりネタにされないのが不思議。櫻井敦司が美形過ぎるからだとは思う。
ユーミンのアルバムタイトルが「悪の華」だったら流石に爆笑するよね。
長渕剛「ボードレールに恋なんかしたりしち」もイイと思う。
ただ一人そのBUCK-TICKのアルバムに突っ込みを入れた人物がいて、「悪の華」と言おうとして、
「悪の草! あ、間違っちゃった」
と言ったのはオーケンだった。オレ爆笑した。

漫画版の「グミチョコレートパイン」は読む都度なんだか身につまされるなぁ…

私が買った「くるぐる使い」は文庫版で、高橋葉介絵表紙。
高橋葉介といえば、小学校の頃に買ってた朝日ソノラマの月刊マンガ少年に連載されてた「宵闇通りのブン」が毎回すんげぇ楽しみだった。直ぐ終わっちゃったけど。
「くるぐる使い」に収録されてる「のの子の復讐ジグジグ」。「ジグジグ電波」ってイイ言葉だなぁと再読してもなお感銘を受ける。
ジグジグの語源はモーレツにバカなバンド、ジグジグスパトニックなのかな?

ジグジグスパトニックといえば想い出があるんでひとつ書いてみたい。
オーケンほど昔のことってあんまり覚えてないんだけど。

私が上京して専門学校に通い始めて間もない頃、初めてバンドを結成した。
同じ学校のキーボーディスト、ベーシスト、ギターの私の3人で。
パンクとテクノを交ぜた感じにしようということで、バンド名が今考えると異様に恥ずかしい。私が考えただけあってどうにもこうにも恥ずかしいが、笑いのネタにはなるのではないかと思うんで、あえて書いてしまおう。
「シンセティック・ハート」
ギャー!! 恥ずかしい!! 何のひねりもないというか、いかにもさえないテクノバンドだと表明してるかのようだ。
んで、早速オリジナル曲つくろうということになり、私の歌詞からベーシストがイメージして作曲。それをキーボーディストが一人でシンセで録音してデモテープが出来た。
作曲のおり、私は注文を付けといた。テクノ調でかつジグジグスパトニックみたいなバカな曲を、と。
当時3人の間ではジグジグスパトニックがちょっとしたブームだったのだ。
最初にジグジグを知ってたのは私だけでテレビの音楽番組で観て、海外はつくづく広いよホトホトバカなバンドもいたもんだなぁと思っていた。
ある日、ベーシストが世田谷区の中古レコード屋で何やらヘンテコなレコードを手に取ってクスクス笑っていた。
そのレコードジャケットには、
「見せびらかしましょう」
とプリントされていた。帯にそう書いてあるなら分る話だけど海外のバンドが日本語でそんなバカな文章をジャケにプリントしていたのでおったまげた。
ジグジグスパトニックのレコードだったのだ。結局ベーシストがソレを買い、ダビングして私とキーボーディストにも行き渡った。
かくて、「しゅーりらー、しゅーりらー、車の修理屋〜」とオヤジギャグかよ!と突っ込みを入れたくなるような替え歌を歌ったり、「見せびらかしましょう」が3人の合い言葉のようになっていた。
で、とりあえず出来たデモテープだが、聴くとえらくノリノリでかっちょいいじゃん!と思った。
歌詞のタイトルは「平行宇宙刑事パピーン」だったが、「ミュージックオブパピーン」に変えられ、歌詞が「パピーン!」という固有名詞だか擬音だかを繰り返すだけに削除されていた。せめて「はっ着! サカダチ シテ ヒラメケ!」は入れて欲しかったのだが…
ちゃかぽこちゃかぽことチープなリズムボックスにこれまたチープなキーボードのベースラインとメロディラインが乗っかってて、サンプリングで「パピーン!」と繰り返すヴォイスが入っていた。確かカシオのSK-1という1万円程度のキーボードだけで録音していたと記憶する。
結局、その恥ずかしいバンド名シンセティック・ハートの活動は「パピーン」だけで終わったという(笑 一度もセッションすることもなかったなぁ。バンド名の意味あったのかよ!オイ!

次いで、専門学校2年目の頃に新たなバンドを結成した。これまた恥ずかしいバンド名なんだよな…
私がなげやりに、
「Go! Go! オタッキーズ」でええんちゃうん?の一言で決まる…
みもふたもないバンド名ではある。
そんなテキトーなバンドだったけど、今度は打って変わってマメにセッションはしていたな。
練習スタジオは豊島区の安いところを利用していた。ドラム&ヴォーカルの人が色んなバンドあちこち渡り歩いて来た人だったというのが唯一の強みだった。ちゃんと巧い生のドラムが入ってるというのがカンドーだった。
あと私がギター&キーボード以外に、もう一人ヘビメタ君のギタリストとミーハーなベーシストがいた。
私とドラムの人は60年代のサイケなロックで趣味が合うんだけど、あとの2人とはさっぱり趣味が合わないので必然とオリジナル曲中心となった。
コピーもしたいとヘビメタ君がスコアを持ってくるんだけど、BOφWYのスコアだったり(笑 ってキミ、ヘビメタやろ!
コピー曲は各自勝手にやるような感じになり、私も一人で多重録音した。みんなが私の家に楽器や機材置いていくということがたまにあったのをいいことに。
P-MODELの「サイボーグ」、「フローズンビーチ」は分るとして、なんでOMD(オーケストラル・マヌーバース・イン・ザ・ダーク)の「エノラゲイの悲劇」などというダサ系エレクトロニカをコピーしたのかもう今となっては分らん。我が青春の恥とミステリー。
東京方面の人は深夜テレビのニュース番組CNNデイウォッチのオープニングで流れてたんでおなじみの曲だと思う。
キーボードつっても当時YAMAHAショルキーという2万円程度のどーしょうもないやつしか持ってなかった。そのチープなちゃかぽこリズムに、キーボードの音色がサイアクで、ベースはスタインバーガーのぱちもんの割に音が良く、特筆すべきはドラムの人が置いて行ったギター。本物のエピフォンカジノ。ジョン・レノンモデルのセミアコである。それがすっげーイイ音で、テンション上がるあまりベンチャーズっぽい感じのギターで重ねてみた。ヴォーカルは恥ずかしくて入れられなかった。ちょっとアドリブで勝手にバカな語りも入れたりもした。
で、現在も私が一人で多重録音したというその「エノラゲイの悲劇」のテープが残ってたりする。ガンダム風に云うなら、ゼータ刻をこえてという感じか。なんでガンダムなんだよ!
今聴くと、ベンチャーズっぽいギターってゼッタイ変(笑 当時はベンチャーズじゃなくてホントはモノクロームセットかムーンライダーズの「カメラ=万年筆」みたいなつもりだったのだが、どう聴いてもベンチャーズである。だってテケテケが入ってる。テケテケエノラゲイの悲劇(笑 エピフォンの音だけがやけに良くて哀しさを際立たせてる。

ドラムの人に、以前オリジナルでジグジグスパトニックみたいなのやったんだと話したらキョーミ持ったみたいで聴きたいと言ってくれたんだけど、間違って消してしまっていた。例の「パピーン」のデモテープ。
でもメロディラインとベースラインは覚えてたんで、ドラムの人と二人で「パピーン」をセッションしたテープも残ってたりする。ガンダム風に云うなら、ゼータ刻をこえてという感じだよな。だからなんでガンダムなんだよ!
ギターレスの曲だったんだけど、私がキーボードを弾いて、ドラムの人にはギターを弾いてもらった。
で、そのセッションした時に気が付いたんだけど「パピーン」はなんとコードをふたつしか使ってなかった(笑 3コードのパンクナンバーもビックリだな。
ジグジグスパトニックみたいな曲は2コードで充分ということなのか?

ちなみにGo! Go! オタッキーズのヘビメタ君は、ギターはやめてしまいヴォーカルに転向して今なお社会人バンドマンだったりする。マリリンマンソンだかグレート・ムタだか判断できかねる奇妙なメイクをして絶叫しているようだ。つまりゴシック忍者なのか?
彼の当時のバンドネームをなにげに検索してみたらヒットしたのでビックリ。10数年ぶりに連絡を取ったのだった(笑
ちなみに彼はギャグ漫画家を目指してたのだが…


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