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プロフィール
HN:
sug-u(村田藤吉)
性別:
男性
職業:
医療関係でほぼ雑用
趣味:
無い
自己紹介:
ハワイ生まれ。関東と大阪で育ち、87年〜10年ほど東京で過ごし、現在関西僻地在住。
過去の経歴は謎に包まれた怪人吸血忌男爵。
アシ歴、持ち込み歴、読み切り短編、商業誌に掲載された歴多数。
まぁ誰にも相手にされない、異端なカウンターカルチャー、前衛&アングラ・エログロナンセンス暗黒耽美部門。
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いざ進めよ、いばらの道を。 漫画家「復帰」?「脂肪」?オッサンのボンクラシャンソン日記。 自分ではオルタナないし、アングラ系部門だと言ってますが、あまりこだわらないで行こうかと… 年取ってもまるくなりまへ〜ん!
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寮生活3ヶ月目くらいに差し掛かった頃、
「キミは部屋も隣でクラスも一緒なんだし、ケンジ(テラヤマの名前)と仲良くしてやってくれんか」と元小学校教員の寮長に言われた。
まぁ確かに、友だちがスポックだけじゃ不憫だわな。と思いしぶしぶテラヤマの部屋を尋ねた。
あ〜あ、アブないコンビにオレも加わり、アブないトリオと見なされてしまうとはダークな青春よのう。にしても、今更何て言って仲良くすりゃいいんだ?と考えあぐねてるうち、いつのまにかテラヤマの部屋の玄関まで無意識に入っていた。ドアが開け放されていたのだ。やべ、何て言うんだオレよ?と一瞬思ったが、直ぐ言葉が出た。かなり興奮ぎみで。
なんと、テラヤマの部屋の棚にアニメ「銀河鉄道の夜」の細野晴臣の手によるサントラ、銀色のジャケのアナログ盤が飾られていたのであった。
「このサントラめっちゃええよね!!」 
更に、テラヤマの机を見てギョーテン。夜想などのアングラな書籍がズラっと並んでて、机の上のアナ・トレント主演「カラスの飼育」のパンフも気になったが、戸川純のカセット「裏玉姫」が置かれてあった。
本能のままに「あ、裏玉姫やん! 貸して! 貸して!」と言った。
テラヤマはどもりなが言った。「じ、じ、じゃ、○○君(私の名前)がよく聴いてる、女ヴォーカルでデジタルなヤツあっただろ? そ、そ、それ貸してよ」
へ? 女ヴォーカルでデジタルなヤツ? ひょっとしてPSY'Sかな?と思い貸してみたら、やっぱりPSY'Sのことで、彼は以前から気になっていたという。
ということは、オレかなり大ボリュームで聴いてたんだな。オレの方はテラヤマの聴いてる音楽ちっとも聴こえてこなかったというのに。
うるさくても文句を言わないテラヤマって…

ホント今思えばテラヤマは「グミチョコレートパイン」の山之上君のようだったなと思う。ブルマパクったりとかは残念ながらなかったのだけれど。

テラヤマは、貴重な同士だったのである。
上京したとたん、東京グランギニョルの舞台が無くなってて、泣く私に彼は、
東京グランギニョルに関する雑誌の記事などを見せてくれたり、HEAVY METALのエンキ・ビラル特集号を買い逃したー!と思ってたら、テラヤマが持ってたり。
私は代わりに宝島やフールズメイト、ドール以外にもまだマニアックな音楽雑誌があることを教えた。テクノポップ中心の音楽雑誌テッチーであった。
テラヤマの方が色々知ってて上を行ってたけど、
そんな感じで色々情報交換してゆく中で打ち解けていった。


恥ずかしいけど当時の私と私の部屋を晒そう。
ドロップキックであけた穴もあるぞ(笑
壁に貼ってるのはフィービー・ケイツとか戸川純ですな。
就寝前なので髪をおろし、ヤンキーが履いてたようなスウェット履いてる。
アラン・ミクリの眼鏡も時代を感じますな。

更には、テラヤマはイラストが上手かった。上手いというより、やたらとセンスがイイ。18歳の少年のボキャブラリーではとても出てこないようなアングラなイラストを描いていた。

でも、テラヤマ&スポックというコンビはやはりというか何かとバカにされていた。
スポックはともかく、私はテラヤマがバカにされるということがどうにも悔しかった。サザンとかTUBEとかBOφWYとかマドンナと聴いてるようなくだらない連中だとなおさらだ。
何か手を打たなければ。
ファッション雑誌MEN'S NON-NOで悪いお手本、ヘンテコな非モテファッションとしてパンクスタイルがめちゃめちゃにこき下ろされていたこともまだ忘れてない。

テラヤマをライブに誘っても、「い、い、いや、寮の門限22時までだし、そ、そ、それにライブハウスなんて恐くて行けない。俺、ほ、ほ、ほら服装もダサイから」と言われた。
ライブハウスというところはオシャレなカッコして行かねばならないというおかしな思い込みもあったようだった。
そのようなことを聞いて当時の私は黙り込むしかなかったのだが、
今なら、バカだねライブなんてどんなカッコで行ってもいいんだよ!むしろ地味なカッコの方が目立たないし気楽でいいじゃんよって言ってやるところなのだが、
当時の私もライブハウスというところはオシャレなカッコして行かないといけないみたいなおかしな思い込みがあったのだった。お酒の種類もまだよく分ってなかったしな。分らなかったら聞けばいいだけのことなのに。

私はふと、同人誌を作って、バカにしてるヤツらにテラヤマのイラストの凄さを見せつけて見返してやろうと目論むものの、
テラヤマは対人キョーフ症と共に、見ず知らずの他人に自分の絵を見せるのが恐くて無理病でもあったので、何度話を持ちかけても断られてしまっていた。
私にさえ、自らの絵を見せるのが恥ずかしそうだった。
というかそれ以前に、私と会話を交わすのさえいつまで経っても緊張が抜けず、
私は彼から距離を置かれたままだった。
彼が本当に心を許せるのはスポックしかいなかったのだ。
そのスポックから、テラヤマは私のことをどう思ってるのか聞いたことがあった。
兎に角、取っ付き難い。ライブハウスの前でたむろってるパンクスの兄ちゃんみたいで緊張する。
確かに当時の私はモヒカンほどカゲキでないにせよ髪を軽くスパイキーにしたり、
よくガーゼシャツやらラバーソウルを愛用していた。が、そこは絶えず金欠の学生だったのでほとんどバッタもんであった。
当時インディーズ御三家といえば、有頂天、ラフィンノーズ、ウィラードで、
ウィラードの衣装を手がけていた、原宿のBL∀CKという店はそんなに高くなくてたまに買うこともあった。
当時のゴシックファッションはBL∀CKと、下北沢辺りにある海外から買い付けてくる店くらいにしかなかったと思う。
自分の好みのデザイナーズはスタジオアルタ内のDEPTにあったりしたんだけど、目ん玉飛び出そうな金額だったんで近寄らないようにしていた。
ア・ストア・ロボットももうどこにあったか忘れてしまった。

ダムドやウィラードのゴシックファッションに憧れたり、あとテクノバンドだけど、プラスチックスのファッションをマネたりもしていたなぁ。
ほとんどは手近な店で安く売ってたバッタもんでごまかすという中途半端ファッションだったのに、なんかテラヤマにはオシャレだと誤解されていた。
時代的にまだ男のピアッシングも珍しかったせいもあったのかもしれない。
あるいは乱暴な大阪弁が駄目だったのかも。

とまれ、完全に打ち解けていたワケではなかったのだった。

1年なんかホントあっという間に過ぎようとしていた。
ウザイ寮なんかとっとと出てゆくべく、引っ越しの準備に追われていた。
テラヤマの方が一足先に寮を出て行った。
彼が出て行くさい、連絡先の住所のメモを貰っていた。

そして、私も寮を出て一人暮らしに慣れてきた頃になっても、2年になってから何故かさっぱりテラヤマともスポックとも学校で会うことがなかった。どういうわけだろうと思いつつ、テラヤマに手紙を出すことにした。
連絡先のメモを改めて見たら、東京じゃない。どうも実家らしかった。早くも都落ちか?
ところが、出した手紙はどういうわけか宛先不明で戻ってきてしまった。
もはや、テラヤマがどこにいるのやら分らなくなってしまった。

寮に残って学生2年目まで過ごすつもりのアホがたった一人だけいた。
スポックである。
スポックなら、テラヤマの正しい住所を知ってるかもしれないと思い、私は久しぶりに寮へ向かった。
ところがスポックの部屋がもぬけのからだった。何事かと寮長に聞いたら、何でも友だちが一人も居なくなってノイローゼになって、何か暴れたらしく一旦精神病院に収容され、その後実家へ強制送還されたという。
なんだかどえらいすれ違いに呆然となってしまった。

そんな頃だったと思うんだけど、「今どこにいるの?」という内容の手紙が実家宛に届き、ずいぶん遅れてから転送されて受け取った。
その手紙の差出人はフールズメイトかなんかの文通欄で知り合った音楽の趣味が合う同い年の女子で、
同じタイミングで上京するので、上京したらライブハウス行ったりお芝居観たりして遊ぼうねと約束していた。
で、彼女と連絡とったら彼女は既に都落ちしていた。
彼女の場合、親のスネかじりスネ夫で気楽な私と違い、上京と同時に一人暮らし、そして就職という年齢的にハードな生活を強いられていたのだった。
ああ、寮にいる頃に手紙を受け取っていれば…
母は女の子からきた手紙だったもんで、転送するのに躊躇してたのか?
またしてもすれ違い。

彼女は「人生って、グミチョコレートパインだと思う」なーんて深いことは言わなかったが、
「若いって、目先にニンジン吊るされて走ってる馬みたいでバカよね」と言ったのがなんか印象に残った。

結局、貴重な同士テラヤマと再会することはかなわなかった。
確かに彼は社会に適応が難しいタイプではあるけれど、私のような中途半端な人間と違って本物なのだと思う。何故、本物なのに埋もれてしまう?
どうにか埋もれてゆく本物を浮上させられぬものか。
埋もれてしまうという結果が分っていれば、どうにか出来たのか?

多分、出来なかったな… 
と私は過ぎ去った時間という、どうにもならないものにケリをつけるべくつぶやいた。



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